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2007年5月

訂正>*0*<キャアアッ

次回の「エリザベートの会」

6月6日(水)でございます。

間違えちゃった,スミマセン\(__ ) ハンセィ.

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4回目ヽ(*^。^*)ノ

エリザベートの『心理学』のお部屋へようこそおいで下さいました。

こちらは,一般の方達(身体や心の治療家,社会人,お母さんたちなど)向けに行っているセミナーの内容をご案内したり,予告をしたり,私のつぶやきを書き込んでいくコーナーです。

そして,心理学,パーソナリティ,精神保健などに興味があるゲストに覗いていっていただければ…と思いますm(__)m

5月23日「エリザベートの会」のご報告です。

市民センターの会議室は帰りを焦らなくてすんでよかったですね(^^)v

☆境界性パーソナリティ障害

前回から引き続いてのお話です。このタイプはパーソナリティ障害の中核群で、ボーダーラインという呼ばれ方もします。
今回は様々なケースを上げて、実際このタイプの人たちと接するとどんな現象が起こるのか説明しました。

前回のブログでも書いたように、その成因については「対象関係論」からのアプローチが盛んです。確かに、この理論を実証しろと言っても非常に難しいと思うのですが、臨床場面でこのタイプの人たちと接していると、自分の内界も外界も分裂していることをよく感じます。

非常に理解がよく素直で良い人である時と、全く反対に他者に攻撃的になり感情の渦に巻き込もうとする行動が目立つ時が短期間に入れ替わって、こちらはその変化についていけず、疲れはててしまうことがしばしばです。本人は「分裂」の防衛機制を働かせているために、全く違った自分が存在していることを余り気にしないようです。

そして、尾崎豊がその歌詞に表現したように「二人ぼっち」の特別な二者関係を築こうとします。相手に求めるのは、「自分をすべて受け入れてくれる母親」のような存在なのではないでしょうか。

自分といつも一緒にいて、自分の欲求をすべて受け入れて、自分と同じ感情を味わって、自分の喜び・悲しみを同じように感じて…ということを絶えず求めているようです。子育てを経験した方たちは子供がこんな欲求を強く持っていて、親としてはその対応に結構苦労なさったのではないでしょうか。

そんなことから、多分幼いときに満たされなかった欲求を未だに引きずっているのではないかと治療者側は実感しているのです。

一見外から見れば「きちんとした家庭」の中で実はお母さんが赤ちゃんがこんな欲求を強く持っている時期に赤ちゃんに没頭できなかったり、子育てに熱心だと思えるお母さん自身が「見捨てられ不安」を持っていて、子供が自分に依存して間は愛情を供給するけれど、自立の動きを見せるとたちまち「私を見捨てるのか」「そんなことをするなら、私はあなたを見捨てるわよ」と子供を脅かすようなサインを発していることがままあります。だから、母子ともに離れられず、お互いにアンビバレント(両価的)な感情をもったまま二者関係の中でお互いにこだわりつづけています。

こうした母子関係は、お母さん自身がそのお母さんとの間でそうした関係を経験してきたこと、夫婦関係がうまく機能せず、夫(父親)が心理的に家庭の中で不在であるという要因が背後にあるようです。夫を含め、周囲の人たちが、お母さんが初期のある時期赤ちゃんに没頭できる環境を作ってあげることが必要だと思います。もちろん、ずっと没頭し続けたのでは、ただの母子密着になってしまって、害をもたらすだけです。

こうした母子密着や父親の心理的不在は現代の日本の社会ではよく見られることで、障害という基準は満たさなくても、ボーダーライン的なパーソナリティ傾向を持った人たちの増加を後押ししているのではないかと思います。

今の日本では、マスコミによって、親も自分自身が人生を楽しんで、子育ても楽しむべきものだ…という理想型を盛んに示しています。確かにそれぞれが人生を楽しめて、子育ても楽しめればいいのですが、子育てが始まった途端、自分の欲求は二の次にしなければならなくなるし、後から思えば子育ては楽しいものだったと思えるのですが、その最中はなかなか楽しいとは感じられないものです。

マスコミによって流される情報を鵜呑みにしてしまうと、自分だけが損をしている、この子のために自分の人生は狂ってしまったと思いこんでしまうことも起こり得ることです。今の世の中、子供にとっても親にとっても受難の時代と言えるかも知れません。

境界性パーソナリティの人たちは、実際の母親だけでなく、パートナーや友人、治療者にもこの関係性を強く求めます。しかし、成人同士の他者との関係でこの欲求を満たすことはほとんど不可能です。だから、境界性パーソナリティの人たちは、相手が少しでも離れようとする気配を見せると実際の母親に対して持ち続けていた「見捨てられ不安」を強く感じ、見捨てられないための捨て身の努力をします。それが、自殺のほのめかしであったり、実際のリストカットや大量服薬などの行動となります。

このタイプの人たちは、人間関係の早期から、ドラマティックに自分を語ってくれることが多く、つい同情したり、もっと聞いてみたいと思ったりして、気が付いた時には二者関係の泥沼にはまりこんでしまっています。どんどん依存する割合はエスカレートしていって、自分にはもう抱えきれないと思う瞬間が来ます。ボーダーラインの人たちからすれば「また自分は見捨てられるのか」という悲しい体験を重ねる結果になってしまいます。

だから、私たちは安易に自分が誰かを救えるとか、面倒をみてあげられると思いこんではいけないのだと思います。

他者を抱え込もう、自分が他者を変えられると考えること自体、いわば傲慢な考え方だと思いますし、ボーダーラインの傾向を持った人たちとの関係では、お互いに不幸な結果をもたらしてしまいます。
結局人間は、自分で自分に責任を持たなくてはいけないし、完全ではない自分を受け入れなくてはいけないと思います。

治療者はボーダーラインの人たちと関わるとき、常に「枠作り」をします。ここまでは引き受けるけれど、ここから先は引き受けられないよという線をハッキリ伝えていきます。

一見冷たいようですが、結局ボーダーラインの人たちにとっても細くても長く続く人間関係を体験できるし、治療者側も潰れてしまうのを防ぐことができます。
実は相手をすべて受け入れることだけが治療なのではありません。
一番まずいのは、相手の歴史や感情を興味本位にどんどん聞き出してしまって、結局は抱えきれないと投げ出してしまうことです。

急激に相手に引き込まれる感じがしたら、同情したり、感情移入したりしないで、いつも中立的で、相手に入り込まない、巻き込まれないことが肝心です。ちょっと冷静になって、このペースで本当に自分はこの人と五年とか十年付き合っていけるのか、考えてみてください。これは決してボーダーラインの人たちを排除する姿勢ではなく、社会の中で共存していくために必要なことです。

そして、私たちの誰もが多かれ少なかれ、こうしたボーダーライン的な人格傾向を持っているはずなのです。だって、完璧な親に育てられた人間なんておそらくいないでしょうから。そしてなかなか中庸で平凡な自分を認めるのは難しいことだと思います。私もそういう部分を抱え込んでいると思っています。

みんな今の世の中で自分の欲求を通したいと思っていますが、そうはできずに「生きづらさ」を感じています。そしてその辛さを自分で抱えていくこと、他者に投げかけないことが大事だと思っています。

というわけで、次回は境界性パーソナリティ障害と重なる部分も多い「自己愛性パーソナリティ障害」についてお話しします。

6月7日藤沢市総合図書館会議室です。

エリザベートのことも含めて、皆さんこの問題についてどんなことを感じられたでしょうか?

書き込み、お待ちしてまーす\(^O^)/

◎今回の一句◎

鎌倉の薫風通ふ谷戸の道

初夏らしい句を作ってみましたv(^o^)

●参考までに●
境界性パーソナリティ障害を真正面から扱った映画として『17歳のカルテ』があります。興味のある方は、レンタル屋さんにあると思いますので、探してみてくださいね!

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湘南台の近くでは,身体や心の治療家で,「心理学」をちゃんと学んでみたいという方々向けのセミナーの講師を務めています。

辻堂駅近くの健療施術院というところです。

今,身体の不調を感じていらっしゃる方,お近くでしたら是非行ってみてください。

スタッフの方は,みんな元気で気持ちがいい方達ばかりです。一生懸命私の講義を聴いて下さって,心の問題にも真剣に取り組んでいらっしゃいます。

このセミナーに興味のある方,私の詳しいプロフィールに興味を持たれた方は下記のURLをクリックしてみてくださいねd(^-^)ネ!

ここから,健療施術院のホームページも是非見てくださいね〜。プレママさんのブログも再開しましたよ!

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※お知らせ

健療施術院での次回セミナーは,月21日(木)2時からです。

テーマは「パーソナリティの能力的側面」

人間の知性は,どうやって生まれてきたのか?心理学的に人間の能力はどうやって評価するのか?「頭がいい」ってどういうこと?言葉と能力の関係は?人間的な能力の基礎は何か?などなど,お話しする予定です。

前回は,「パーソナリティの環境的側面」についてお話ししました。

※なお,第期の講義については,DVDにまとめてくださって,販売中です。

興味のある方がいらっしゃいましたら,私か健療施術院の方にお問い合わせ下さい。

☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

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3回目で~す♪(/゜)/ ̄ハィ♪

エリザベートの『心理学』のお部屋へようこそおいで下さいました。

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そして,心理学,パーソナリティ,精神保健などに興味があるゲストに覗いていっていただければ…と思いますm(__)m

みなさーん,こ・ん・に・ち・は(*^。^*)

ムラから夜行バスで帰ってくると言う無謀なことをしちゃったシシィです。

さすがに,ちょっと今日は辛いし,眠いし…でも,お茶会がメチャクチャおかしくて,腹筋が疲れている割に,脳だけは興奮しています。K君,相変わらずおかしいです。黙っていればばれないのに,話し始めた途端,たちまち超天然ぼけです。

さて,無駄話はこれくらいにして…

5月16日「エリザベートの会」のご報告から。

今回は,「境界性パーソナリティ障害」について,概念的なこと,特徴などお話ししました。久々にフルメンバーで嬉しかったですねd(^-^)ネ!

☆境界性パーソナリティ障害

このタイプは「パーソナリティ障害」の概念の中核的なものです。この概念を中心にして,他のパーソナリティ障害が併存していることがままあります。

中心的な特徴は「不安定さ」と「極端なこと」です。

今のところ,理論的には,人生の早期に,「良いお母さん」と「悪いお母さん」を統合できず,自分の内界も,外界も極端に二分化してしまうのだ…という対象関係論からのアプローチが盛んです。

私達は,赤ちゃんだったころ泣けばすぐに「何か」が自分を気持ちよくしてくれると世界を知覚します。「良いお母さん」の始まりです。しかし,そのうちに,そのお母さんも絶対に自分の意のままになるわけではなく,自分にとって都合の悪いところも感じられるようになります。「悪いお母さん」です。母子の情緒的応答,再接近期の応対がうまくいけば,「悪いお母さん」も「良いお母さん」も結局は自分を愛してくれる一人のお母さんとして統合することが出来ます。

境界性パーソナリティ障害のひとたちは,この過程がうまくいかなかったのではないか,と考えられています。

ですから,自分と関わった人たちを「すごく良い人」と「すごく悪い人」と極端に分けてしまうのです。最初,自分と関わってくれた人には極端な「理想化」をして,親密な関係を求めます。しかし,残念ながら,他者というのはいつも自分のためにだけ存在してくれるわけではありません。たとえ今まで100回話しをきいてくれたとしても,たった1回「今日はごめんなさい,約束があるの」といった途端,たちまち「脱価値化」され「すごく悪い人」に転落してしまいます。この人たちにとって「中庸」であることはとても難しいようなのです。普通に共有されるコモン・センスの世界では,1回自分の都合で断ったからといって,そんなに怒られることはないだろう,相手は事情を察してくれるだろうと思いますが,そういう考え方はして貰えません。「なんてひどい人なんだ」と激しい攻撃に曝されてしまいます。

「不適切な怒り」もこのタイプの人たちの特徴です。

このタイプの人たちは,楽しむ能力が欠けているという指摘もあります。周囲から見れば,思いのままに生きているように見えても,いつも虚無感,何も楽しくないという感覚を味わっています。抑うつ感を訴えることが多いです。(抑うつ=うつ病というのは正しくありません。抑うつ感というのは,さまざまな疾患,障害,状態で現れます)

完全な自分を求めていて,それが少しでも欠けるとたちまちなんの価値もない自分にと自己評価も転落してしまいます。

自分のが生きている実感を得られず,そのために自己破壊的な行為(摂食障害,大量服薬,リストカット,性的関係への依存など)へと走ってしまうこともあります。だからといって,これらの行為を「死ぬ気なんか無いんだ」と放置しておくと,エスカレートしていって不幸な結果になることもあるので決めつけは厳禁です。

この人たちは,いつも不安定な世界の中で生きているのです。両極端な選択肢しかない世界で生きていくのは確かに「生きづらい」ことでしょう。

「見捨てられ不安」が強くて,相手に見捨てられないための努力を重ねます。しかし,その努力は余り適応的ではなく,むしろ相手を巻き込み,揺さぶり,破壊してしまうことが多いのです。今まで,なかなか安定した2者関係を味わったことがありません。だから,ますます優しくしてくれたり,同情してくれたり,話しを聞いてくれる人を呑み込もうとしてしまうのです。悲しい歴史を背負っています。

前回ちょっと触れた「エリザベート」について私が考えるところを書いてみます。

舞台の「エリザベート」は脚本家が明確に意図したのかどうか,それは分かりませんが,境界性パーソナリティ障害的な認知の世界を良く現していると思います。

ハンサムな皇帝フランツに見初められたことでエリザベートは彼を理想化します。でも,自分の意志が通らない状況を作り出す人たちは「下らない意地悪な人たち」と認知されます。ゾフィーさんは,確かに厳しい人ですが,皇妃になった以上,「国家と人民のために生きる」ことは当たり前の前提です。これが,エリザベートが入っていった世界のコモン・センスです。でも,エリザベートはそれに抗いました。自分の全面的な支持者とならなかったフランツは,たちまち「あなたは私を見殺しにするのね」「あなたは敵だわ」と,脱価値化されてしまいます。

やがて彼女は「完全な自分」を得るための熱狂的な努力を始めます。ダイエットなんていう概念が無かった時代に過酷な食事制限をし,当時としては珍しい器械体操をし「美しさ」を追求します(宮殿には今もエリザベートの体操の間が残っています)。今で言う摂食障害の範疇に入ると思われます。どんなに周囲がそれを誉めても,満足することはありませんでした。歯が黄ばみやすい体質だったらしく,それは生涯彼女のコンプレックスとなりました。残されている肖像画や写真で笑っているものは何一つ残されていません。髪の毛を手入れし,結い上げるためにお気に入りの美容師を雇い,1日の内に何時間も費やしました。それでも,自分を高く評価することが出来ず,黒い革の扇で顔を隠していることが多かったと言います。

一時は強大な勢力を誇ったハプスブルグの皇妃がほとんど公式行事に出ることもなく,ゾフィーから取り戻したはずの子どもたちを置いて,世界中を旅していたというのは,どう考えても「普通の」生き方ではありません。いくらフランツに愛されても,そこに安定した二者関係は築けなかったのでしょう。

エリザベートは実際に,乗馬をとても好んだようですが,それは「楽しむ」というより「スリルを味わう」ようなものだったといいます。ものすごいスピードで疾走し,落馬して失神したこともあったそうです。皇妃がそんな行動を取ること自体,自分の役割を放棄していたと言われても仕方なかったでしょう。

「義務を押しつけられたら出て行くわ」では,どんな世界でも通用しません。

トート(死)は,彼女につきまとっていた自己破壊衝動の象徴なのではないでしょうか。

彼女は周囲の人たちが思っていないほど「孤独」を感じ続けていました。

自分の家系から精神疾患を発症した人が多く出たことから,自分もそうなるのではないかという恐れを抱いていたのではないかと思われます。彼女はよく精神病院を訪問し,精神科医に説明を求めました。

皇太子ルドルフが自殺したとき,その嘆きは激しく,フランツは葬儀に出ることを止めました。それ以降,彼女はいつも黒い服ばかりを着るようになります。これもまた,よく考えると極端な反応です。

こんな風に思って舞台を見てみると新しい発見があるかも。

でも,こういう人たちは,私達にとってとてもドラマチックな生き様で感動を与えてくれます。

私達の誰もがどこかに,こういうボーダーライン的な心象があり,それに触れると感動するのだと思います。けっして,境界性パーソナリティは別世界の異常な人ではありません。「変わっていること」が価値を持つ現代において,その傾向はますます大きくなっていると言えます。

というわけで,来週は,色々な事例をあげて説明をしたいと思います。

次回の「エリザベートの会」は,

5月23日(水)藤沢市市民センターです。

いつもと場所が違うそうです。私が一番迷子になりそうですが,気をつけます。

それでは,皆さんの目で見た,感じたエリザベート像はどんなものだったか,書き込みをお願いします。

お待ちしていまーす。

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湘南台の近くでは,身体や心の治療家で,「心理学」をちゃんと学んでみたいという方々向けのセミナーの講師を務めています。

辻堂駅近くの健療施術院というところです。

今,身体の不調を感じていらっしゃる方,お近くでしたら是非行ってみてください。

スタッフの方は,みんな元気で気持ちがいい方達ばかりです。一生懸命私の講義を聴いて下さって,心の問題にも真剣に取り組んでいらっしゃいます。

このセミナーに興味のある方,私の詳しいプロフィールに興味を持たれた方は下記のURLをクリックしてみてくださいねd(^-^)ネ!

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※お知らせ

健療施術院での次回セミナーは,6月21日(木)2時からです。

テーマは「パーソナリティの能力的側面」

人間の知性は,どうやって生まれてきたのか?心理学的に人間の能力はどうやって評価するのか?「頭がいい」ってどういうこと?言葉と能力の関係は?人間的な能力の基礎は何か?などなど,お話しする予定です。

前回は,「パーソナリティの環境的側面」についてお話ししましたが,とっても懐かしいお顔が2人見られて,とても嬉しかったです\(^O^)/ありがとうございました!

☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

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2回目です\(^^@)/

エリザベートの『心理学』のお部屋へようこそおいで下さいました。

こちらは,一般の方達(身体や心の治療家,社会人,お母さんたちなど)向けに行っているセミナーの内容をご案内したり,予告をしたり,私のつぶやきを書き込んでいくコーナーです。

そして,心理学,パーソナリティ,精神保健などに興味があるゲストに覗いていっていただければ…と思いますm(__)m

皆さん,再びこんにちは。

5月9日(水),エリザベートの会を開催しましたので,そのご報告です。

今回のテーマは『スキゾタイパル(失調型)パーソナリティ障害』でした。

☆スキゾタイパルパーソナリティ障害

このタイプの人々の特徴は,変わった態度,考え方,思考方法です。でも,私達の持っているコモン・センスというか,下位文化からすると「奇妙」なのであって,この人たちにとっては,真実であり,紛れもない事実なのです。

おそらく,統合失調症を発症しないで,現実世界にとどまっている状態と考えられています。

ですから,脳の中では,統合失調症を発症したときと同様に,ドーパミンの取り込みがうまくいかなくなって,アイディアや観念が頭の中でフル回転している状態です。その結果「直感」というものが働いていることになるわけです。

一般常識に縛られている人間では思いつかないような奇抜な考えが頭の中でほとばしっていて,それは外側からはうかがい知れないので,一般人には唐突な考えに思え,「変わったこと言う人だなぁ」ということになります。

どうもこのタイプの人は,超能力とか,占いとか,第六感とか,超常現象とか,そういうものに非常に惹かれるし,そういう力が実際にあると思えるようです。

普段の生活の中では,世界の色々な現象がただの偶然ではなく,自分に結びついて意味を持つと感じられます。いわば関係念慮の世界です。

受付の女の子が自分が入ってきたらうつむいた…これはきっと自分のことを気にしているけれど,あからさまに態度に示したら悪いと思っているのだ

とか

私が立つとエレベーターがすぐ来る…それは私の能力でエレベーターを動かせるから

など,「常識」に縛られがちな人間にはただの「偶然」の出来事でも,このタイプの人たちには,ありありと自分と関係ある出来事として確信されます。

ドーパミンが過剰に供給されている状態では,人間の脳はすごい創造力を発揮します。もしその人が才能ある人であれば,とてつもない学説を思いついたり,ものすごくシュールな芸術作品が出来上がったりします。

しかし,その人が名を残すには,現実的なマネージャー役を担う人が必要です。なぜなら,このタイプの人は,現実処理能力にかけている場合がほとんどです。その才能に惚れ込めた人がパートナーやマネージャー役を引き受けて,現実世界との架け橋になれば,その人の才能を開花させることが出来ます。カリスマ的な占い師になるかも知れないし,テレビに取り上げられるようなちょっと変わったクリエーターや芸術家になれるかも知れないし,いかにも世俗とかけ離れた学者ですといった風体でノーベル賞を取れちゃうかも知れません。

普通の才能だった場合…社会の中で,生きづらいかも知れません。おそらく組織の中では「常識人」を自認する人と衝突しちゃうでしょうし,沢山の人がいるということはそれだけ自分と結びついた現象があちこちで起こってしまって,気が休まる暇がありません。

なので,大体は独身を通し,一人で創造的な,独創的なお仕事をやって暮らしている場合が多いようです。私の周りにも「障害」とまではいかないまでも,この傾向が強いなぁという人たちがいますが,友人として付き合っている分には結構面白いけれど,ずーっと仕事のパートナーだったり,夫だったりしたら,ちょっと大変かも。

「私は千年間隠されていた秘法を発見したのです」(チビまるこちゃんの丸尾くんみたいな固い口調が特徴的)とか真顔で言い出したり,約束の時間に全く現れないので電話してみると,「昨日の夜ずっと頭だけの霊が部屋に来てたから起きられなーい」(1年間美容院に行かなくても平気だし,流行とはかけ離れた個性的な服装をします)とか言われます。

これにいちいち驚いていたら身が持ちません。そっかー,わかっちゃたんだ,とか,それじゃあ起きられなくて約束の時間に来なくても無理ないね…と思うほかありません。これをすごい才能だ!と思えないと,彼や彼女の良いパートナーとはなれないでしょう。

歴史上その独創性で名を残した芸術家たち,学者たち,宗教家たちはそれぞれ現実面をサポートしてくれる人を持っていたはずです。

夏目漱石も,おそらくこのタイプではなかったかと考えられています。

小説の中にも関係念慮や幻聴めいた声の話しなどの記述が見られます。創作したものがそのまま実体験かどうかは微妙ですが,周囲の人々の証言では,実際そういう傾向はあったようです。

小説を書くという行為によって,漱石の精神はかろじて現実にとどまっていた…とよく言われます。

その漱石さんなのですが,実は俳人でもありました。なぜなら,正岡子規とは「親友」だったからです。私は,漱石が俳句を作り出した経緯や,俳句の変遷などを調べてみて,俳句が漱石の青年期の発症の危機を止め,精神の安定に有益だったのではないか…と考えています。

詳しいことは,来年の病跡学会の発表のネタにしたいので,発表したらまた書きまーす。

さて,次回のエリザベートの会は5月16日(水)です。

いよいよ境界性パーソナリティ障害のお話しです。パーソナリティ障害の中核の部分です。多分1回ではお話ししきれないと思うので,次の会にまたがるんじゃないかと思います。

前回,「エリザベート」は興味深い人物だと書きましたが,私はエリザベートがボーダーライン的だったと思っているのです。そしてクンツさんの脚本は,ボーダーラインの人たちの認知の世界を実に良く具象化しています。このお話は,またエリザベートの会,次回ブログで触れたいと思います。

●今回の一句●

身籠もれば涙脆くて春の星

師匠から○をいただきましたー。皆さん,納得していただけましたか?(*^。^*)

◎シシィの宝塚コラム◎

◆宝塚大劇場雪組公演『エリザベート』初日に行ってきました!組公演『エリザベート~愛と死の輪舞』初日に行って参りました!

新生雪組の最初の舞台とあって,出演者も観客もドキドキ緊張。

出演者一同,やっぱり緊張していたようですが,今回のトート,水さんはなんてセクシー(*^。^*)ポッ!!精悍なメークに,しなやかな手足の動き。それはそれは魅惑されます。最後の羽根がね,すごい凝ってます。お衣装もみんな水さん仕様。

幕が下りた後の観客一同の熱狂ぶりはすごかったです。初日にこれだけ盛り上がったのは久しぶりだったのでは?組子が一丸となって頑張ったというのが伝わってきました。トップが変わって,全体的に主要な役を演じる生徒が若くなったのですね。終演後は,ウィーンからのお客様を交えて,パーティーが催されたようです。

東京公演まで,皆さんお楽しみに~。

◆東京では花組が千秋楽を迎えます!

最後の貸切公演に行ってきました。

貸切公演恒例,お遊びの一部\(^O^)/

・潤ちゃんこと真飛聖さんは,ソファーに入って酔っぱらいの振りをしますが(ソファーの中でもじゃもじゃ頭でみんなに運んで貰うのを待っているその姿が愛らしくて,みんなからポチと呼ばれているらしい),最近よく遊んでいらっしゃいます。体操を始めたり,書生たちに「あっかんべー」と言ってみたり,刑事さんに「このスーツ新調したばかりなんだぞ」といわれて「良くお似合いですよん」なんて言ってます。今日は刑事の高翔みず希さん「銀座で新調してきたばかりなんだ」と言ってました。変な液体かけられちゃってお気の毒に。

・売店のオジサンに化けている春野寿美礼さん,「あいつ(黒蜥蜴)との初めてのデートがこんな形で実現するとは!」とかっこよく言うはずが,この日は「あいつとの初めてのデートがこんな形で実現するなんてぇ…なんでぇ~?」と,がっくり腰を落として袖に入っていきました。とっても泣きが入ってました。最後までに,ちゃんとデートしたかったんでしょうか?

・家具屋の店長眉月凰さん,いつもはくしゃくしゃの頭なのに,今日はセンターパーツ分けのべったりの髪の毛で登場!

・ショーの「仕立屋」さんの場面,交通事故でボロボロになって春野寿美礼さんが登場しますが,その爆発頭は日増しに過激さを増しています。こだわりがあるそうです。袖で立てるの,大変そうです。今日は,春野寿美礼さんを追って,男役たちは次々に舞台上ですがりながら倒れていき,最後は春野寿美礼さんも倒れて,はいずりながら袖にはけていきました。皆さん,ご苦労様です。

その他の小ネタ(^_^)

・浪越警部とその部下たちは,丸の内署勤務だそうです(勝手に自分たちで決めたらしい)。それで,3人で「役作りのために現場を見なくては!」と盛り上がり,本当に丸の内署に「見学願い」を出したんだそうです。丸の内署では,大変歓待されたそうで,「サインしてください!」と色紙を書いてきたとか。強面の警察官がよく玄関前に立っていますが,皆さん笑顔で迎えてくださったようですよん。

・NYの小粋なジャズマンのはずの夏美ようさん。いかにもジャズマンらしいコートを着ていらっしゃいますが,それには実は「新井」ってネームがバッチリ入っている!お衣装部さんが調達してきたらしいのですが,どなたかのお父さんの古着?そして,サックスには「柳沢」の文字が!みんなから,日系アメリカ人ですか?と言われてるそうです。なぜか,made in Japan…悲しげでした。

いよいよ明智小五郎さんとも明日日曜日でお別れです。

花組はこれから春野寿美礼さんのディナーショー,7月には梅田芸術劇場で大和和紀原作『あさきゆめみし』(源氏物語の漫画版),愛音羽麗さん主演のバウホール公演『舞姫』にと別れます。

春野寿美礼さんの光源氏はどんなでしょう?東京に来ないのが残念(T.T)。8年前,愛華みれさん主演で上演されたときは「刻の霊」で,なんかトートっぽい役でした。

●シシィの読書日記●

さて,今回は皆さんに「私はこれで泣けた!」という映画や小説,教えていただきたいと思います。

私の場合,「博士の愛した数式」(小川洋子さん著)で泣きました(・_・、)

皆さん,是非教えてくださいねぇ。

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健療施術院での次回セミナーは,5月17日(木)です。

テーマは「パーソナリティの環境的側面」

家族関係の影響,「人間」になるってどういうことか?,母親・父親の機能,養育環境,きょうだい関係・出生順位による影響などお話しします。「エリザの会」では,詳しく触れられず,事例研究のみになってしまった部分ですので,興味のある方は是非いらしてくださいね!

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私の舅は82歳にして,パソコンを始め,瞬く間にワープロ入力をマスターしてしまい,私との俳句の往復書簡を「嫁と舅の俳句通信」という原稿にまとめてくれています。もう,200頁分入力済みだそうです。私のエッセーも載せて,2巻にして製本しようと張り切っています。近日,出版か!?

それでは,また来週お目にかかりましょう~(^_^)ノ

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